「せっかく育てた職員が、3年も経たずに辞めてしまう」「繁忙期が終わるたびに退職届が出る」——こうした悩みを抱える事務所所長は少なくありません。
会計事務所業界の年間転職率は約17%と言われており、全産業平均の15.4%(厚生労働省「令和6年雇用動向調査」)を上回っています。採用コストをかけて人材を確保しても、定着しなければ事務所の成長は頭打ちになります。
この記事では、税理士事務所の離職率が高い7つの原因を構造的に分析し、明日から着手できる具体的な改善策を解説します。繁忙期の業務負担軽減、評価制度の見直し、そしてテクノロジーを活用した働き方改革まで、職員が「この事務所で長く働きたい」と思える環境づくりのヒントが見つかるはずです。
本記事で紹介した離職率の改善は、会計事務所のAI活用における一つのテーマです。課題解決からツール選定、導入ステップまで含めた全体像は以下のガイドで解説しています。
税理士事務所の離職率の現状|業界データから見る深刻度

まず、税理士事務所を取り巻く人材環境がどれほど厳しいのかを、データで確認します。
全産業平均を上回る転職率
厚生労働省の「令和6年雇用動向調査結果の概況」によると、全産業の離職率は15.4%です。一方、会計事務所業界の年間転職率は約17%とされており、全産業平均を約2ポイント上回っています。
さらに深刻なのは、この数字が「自然な転職」だけでは説明できない点です。独立開業を目指して計画的に退職するケースもありますが、それを差し引いても、不満を理由とした離職が相当数を占めています。
人材流出が事務所経営に与えるインパクト
職員1名の離職が事務所に与える損失は、単なる「人手が減る」という問題にとどまりません。
- 採用コスト:求人媒体への掲載費、紹介会社への手数料(年収の30%前後が相場)
- 育成コスト:新人が一人前になるまでの1〜3年間、先輩職員の時間が育成に割かれる
- 顧問先への影響:担当変更による顧問先の不安、引き継ぎミスによるサービス品質の低下
- 残った職員への負担増:欠員分の業務が既存職員に上乗せされ、さらなる離職を招く「負の連鎖」
特に10〜50名規模の事務所では、1名の離職が事務所全体の業務に直接響きます。離職率の改善は、コスト削減であると同時に、事務所の競争力そのものを左右する経営課題です。
税理士事務所の離職率が高い7つの原因

離職率を下げるには、まず「なぜ辞めるのか」を正確に把握する必要があります。退職理由は複合的ですが、以下の7つが主要な原因として浮かび上がります。
原因①:繁忙期の長時間労働が常態化している
12月の年末調整から始まり、1月の法定調書・償却資産、2〜3月の確定申告、そして3月決算法人の5月申告——。この半年間は、毎日残業、土日出勤が「当たり前」になっている事務所が少なくありません。
閑散期との業務量の差が極端に大きいのが、この業界の構造的な問題です。繁忙期に心身をすり減らし、「来年もこれが続くのか」と思った瞬間に、転職サイトを開く職員は多いのが現実です。
原因②:給与・待遇が労働量に見合っていない
長時間働いているのに、給与が見合わない。これは離職理由として常に上位に挙がります。特に中小規模の事務所では、大手税理士法人との給与差が開きやすく、「同じ資格を持っているのに、向こうの方が年収100万円以上高い」という現実が、転職を後押しします。
加えて、残業代の未払いやサービス残業が横行している事務所も依然として存在します。待遇面の不透明さは、職員の信頼を根本から崩します。
原因③:税理士試験との両立が困難
税理士事務所で働く職員の多くは、税理士資格の取得を目指しています。しかし、繁忙期に勉強時間が確保できず、受験を断念するケースは珍しくありません。
「試験勉強を応援する」と言いながら、実際には繁忙期に有給取得を許さない。そんな事務所では、5科目合格を目指す優秀な人材ほど、「試験に理解のある事務所」へ移ってしまいます。
原因④:教育体制が整っていない
「見て覚えろ」「先輩の背中を見て学べ」——こうしたOJT頼みの教育は、ベテラン職員が当たり前のようにこなす作業を、新人が一人で抱え込む状況を生みます。
体系的な研修プログラムがなく、質問しづらい雰囲気がある事務所では、新人が孤立しやすくなります。入所後1年以内の早期離職が多い事務所は、教育体制に問題がないか見直す必要があります。
原因⑤:所長のマネジメントスタイルが旧来型
個人事務所では、所長の考え方や価値観が事務所運営に強く反映されます。「所長が絶対」というトップダウン型の組織文化は、職員の自主性を奪い、モチベーションを低下させます。
特に、フィードバックがない(または叱責のみ)、業務の裁量がない、意見を言えない雰囲気がある——といった職場では、優秀な人材ほど早く見切りをつけます。
原因⑥:キャリアパスが見えない
「この事務所で5年後、10年後にどうなれるのか」が見えない環境では、職員は将来に不安を感じます。特に、昇給基準が不明確で、ポジションも「所長とその他」しかない事務所では、長期的なモチベーションの維持が困難です。
独立開業を前提とした業界とはいえ、「独立するまでの期間、この事務所で成長できる」と実感できなければ、より成長機会のある環境を求めて転職するのは当然の判断です。
原因⑦:業務が単調でやりがいを感じられない
記帳代行や入力作業など、定型的な作業ばかりを任されている職員は、「自分でなくてもできる仕事」という感覚に陥りやすくなります。特に若手は、「この仕事を続けていて、自分のスキルは上がるのか」という疑問を抱きがちです。
付加価値の高い業務(経営コンサルティング、税務戦略の提案など)に携わる機会がない事務所では、職員の成長実感が得られず、離職のリスクが高まります。
離職率を改善する5つの具体策

原因が構造的であるなら、改善策も構造的に取り組む必要があります。以下の5つの施策は、規模に関係なく、どの事務所でも着手できるものです。
施策①:繁忙期の業務量を平準化する
繁忙期の長時間労働が最大の離職原因である以上、ここへの対策が最優先です。
- 決算期の分散交渉:顧問先に決算期の変更を提案し、3月・12月への集中を緩和する
- 月次決算の精度向上:月次でしっかり処理していれば、決算時の負荷は大幅に減る
- 閑散期の先出し作業:年末調整の事前準備、確定申告の資料回収を前倒しで進める仕組みを作る
- 外部リソースの活用:繁忙期だけパート・派遣やアウトソーシングを活用し、正社員の残業を抑制する
業務の平準化は、一朝一夕では実現しません。しかし、「繁忙期は仕方ない」と諦めている事務所と、計画的に平準化に取り組んでいる事務所では、3年後の離職率に明確な差が出ます。
施策②:給与体系と評価制度を透明化する
給与への不満は、金額の問題だけではありません。「何をすれば給与が上がるのかわからない」という不透明さこそが、不信感の根本原因です。
- 等級制度の導入:職務内容と求めるスキルをランク化し、各等級の給与レンジを開示する
- 評価基準の明文化:「担当件数」「顧問先満足度」「業務改善への貢献」など、評価項目を具体的に設定する
- 定期的な面談:半年に1回は所長と職員が1on1で話す機会を作り、キャリアの方向性をすり合わせる
大手のような精緻な人事制度である必要はありません。「うちの事務所では、こういう人が評価される」というメッセージが職員に伝わるだけでも、定着率は変わります。
施策③:税理士試験の受験を本気で支援する
試験勉強への支援は、最もコストパフォーマンスの高い定着施策です。
- 試験前の特別休暇制度:試験月(8月)の1〜2週間前から、業務量を調整する
- 受験費用・予備校代の補助:全額でなくとも、一部補助があるだけで「応援されている」という実感につながる
- 合格後のキャリアパス提示:5科目合格後も事務所に残るメリット(パートナー昇格、顧問先のリード担当など)を明確にする
試験に理解のある事務所は、口コミで「あの事務所は勉強しやすい」と広まります。これは採用面でも大きなアドバンテージになります。
「そもそも採用がうまくいかない」という課題を抱えている場合は、税理士事務所が採用できない原因と対策も合わせてご覧ください。
職員が「この事務所で働き続けたい」と思える環境を作るには、単調な作業を減らし、やりがいのある業務に集中できる仕組みが鍵です。ChatGPTやClaudeで定型業務を効率化し、浮いた時間を顧問先への経営支援に充てている事務所の具体的な事例と手順をまとめました。
ここまで、税理士事務所の離職率が高い原因と改善策を解説してきました。
「業務負担を減らして働きやすい事務所にしたいが、具体的にどの業務からAIを導入すればいいのか」
——最初の一歩が見えない方もいるかもしれません。
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施策④:教育体制を仕組み化する
属人的なOJTから脱却し、誰が教えても一定の品質を担保できる教育体制を構築します。
- 業務マニュアルの整備:月次処理、決算、申告書作成など、主要業務の手順書を作成する
- メンター制度の導入:新人1名に対し、年齢の近い先輩1名をメンターとして割り当てる
- 段階的な業務アサイン:入所半年は記帳中心、1年目後半から月次巡回、2年目から決算——といったステップを明示する
マニュアルの整備は、教育体制の改善だけでなく、業務の標準化にもつながります。「あの人しかわからない」業務を減らすことは、離職時のリスク軽減にもなります。
施策⑤:所長自身のマネジメントをアップデートする
最も重要でありながら、最も見落とされがちな施策です。離職率が高い事務所では、所長のマネジメントスタイルに課題があるケースが少なくありません。
- 「聞く」姿勢を持つ:職員の意見や不満を、否定せずに受け止める場を定期的に設ける
- 権限移譲を進める:すべてを所長が判断するのではなく、担当者に裁量を持たせる
- 成功を認める文化を作る:小さな改善や成果でも、言葉にして認める習慣を身につける
所長が変わることで、事務所全体の空気が変わります。「うちの所長は話を聞いてくれる」——この一言が、離職を思いとどまらせる最後の砦になることは少なくありません。
テクノロジー活用で業務負担を軽減する|AI・クラウドツールの実践法

ここまで紹介した施策に加えて、近年注目されているのがテクノロジーの活用による業務負担の軽減です。特にAIやクラウドツールは、繁忙期の長時間労働という構造的な問題に対する有効な打ち手になります。
定型業務のAI化で繁忙期の残業を減らす
税理士事務所の業務には、AIによる効率化が特に有効な領域があります。
- 記帳・仕訳入力の自動化:クラウド会計ソフト(マネーフォワード、freee等)のAI仕訳機能を活用すれば、銀行取引やクレジットカード明細の自動取り込み・仕訳提案が可能。手入力にかかっていた時間を大幅に短縮できる
- 領収書・請求書の読み取り:OCR(光学文字認識)+AIで、紙の書類をスキャンするだけでデータ化。電子帳簿保存法への対応も同時に進められる
- 申告書のチェック補助:入力ミスや計算ミスをAIが検出し、ダブルチェックの時間を削減する
これらのツールは「職員の仕事を奪う」ものではありません。むしろ、職員を単純作業から解放し、顧問先への提案やコンサルティングといった付加価値の高い業務に集中できる環境を作るものです。
AIの業務活用に興味がある方は、税理士のChatGPT活用法で具体的な使い方を解説しています。

生成AIを活用した業務効率化の具体例
最新のクラウド会計やOCRだけでなく、ChatGPTなどの生成AI(大規模言語モデル)も、税理士事務所の業務効率化に活用できます。
- 顧問先への報告書の下書き作成:月次データをもとに、経営状況の要約や改善提案のドラフトをAIに生成させる
- 税務相談への一次回答の準備:顧問先からの質問に対し、関連する税法・通達のポイントをAIに整理させてから回答を作成する
- 社内マニュアル・議事録の自動作成:ミーティングの内容をAIで文字起こし・要約し、ナレッジとして蓄積する
- 採用文面・求人原稿の作成:自事務所の強みを入力するだけで、求人サイト向けの原稿を短時間で作成できる
生成AIは、使い始めのハードルが低い点も魅力です。まずは所長自身が「顧問先への月次レポートの下書き」を1件だけ試してみることで、事務所全体への展開イメージが掴めます。
テクノロジー導入が採用力も高める
AIやクラウドツールの導入は、業務効率化だけでなく、採用面でもプラスに働きます。
求人票に「クラウド会計導入済み」「AI活用で残業月20時間以下」と記載できる事務所と、「紙の帳簿中心、繁忙期は終電まで」という事務所では、応募数に大きな差が出ます。特に20〜30代の若手は、テクノロジーに積極的な職場環境を重視する傾向があります。
テクノロジーの導入は、「定着率の向上」と「採用力の強化」を同時に実現する、一石二鳥の施策です。
若手が定着する事務所の共通点

離職率の低い事務所には、共通する特徴があります。ここでは、職員が「辞めたくない」と感じる事務所に共通する要素を整理します。
「成長実感」を設計している
定着率の高い事務所は、職員が「自分は成長している」と感じられる仕組みを意識的に作っています。
- 入所1年目・3年目・5年目で求めるスキルレベルを明示する
- 外部研修やセミナーへの参加を推奨し、費用も事務所が負担する
- 担当顧問先の業種や難易度を段階的に上げ、挑戦の機会を与える
「この事務所にいれば、自分の市場価値が上がる」と職員が実感できる環境は、給与だけでは得られない強力な定着要因になります。
「働き方の柔軟性」を確保している
2025年10月からは、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者に対して「柔軟な働き方を実現するための措置」が企業に義務化されています。しかし、定着率の高い事務所は、法律の義務化を待たずに柔軟な働き方を実現していました。
- リモートワークの導入:クラウド会計の普及により、事務所に出勤しなくても処理できる業務は増えている
- 時短勤務・フレックスタイム:育児や介護と両立しやすい勤務体系を用意する
- 繁忙期の代休制度:繁忙期に休日出勤した分を、閑散期に確実に代休として取得できる運用にする
働き方の柔軟性は、特に子育て世代の職員にとって決定的な定着要因です。「この事務所なら、ライフステージが変わっても働き続けられる」という安心感が、長期的な定着を支えます。
「付加価値型」の事務所を目指している
記帳代行や申告書作成といった「作業型」の業務だけでは、職員のやりがいは頭打ちになります。定着率の高い事務所は、顧問先への経営支援やコンサルティングなど、付加価値の高いサービスを積極的に展開しています。
付加価値型のサービスは、職員にとっては「やりがい」を、事務所にとっては「顧問料の引き上げ」を、そして顧問先にとっては「経営の改善」をもたらします。三方よしの構造が、事務所の持続的な成長を支えます。
顧問料の見直しについては、税理士の顧問料値上げ方法で詳しく解説しています。
離職率改善のロードマップ|3ステップで進める

最後に、離職率の改善を段階的に進めるためのロードマップを示します。すべてを一度に実行する必要はありません。優先順位をつけて、できることから着手してください。
ステップ1(今月〜3ヶ月):現状把握と緊急対策
- 匿名アンケートや個別面談で、職員の不満・要望を把握する
- 給与テーブルの見直しと、評価基準の明文化に着手する
- 繁忙期の残業実態を数値で可視化する(「感覚」ではなく「データ」で把握する)
ステップ2(3ヶ月〜6ヶ月):仕組みの構築
- 業務マニュアルの整備とメンター制度の導入
- クラウド会計・AIツールの導入で、定型業務の効率化を開始する
- 試験支援制度(特別休暇・費用補助)を正式に制度化する
ステップ3(6ヶ月〜1年):定着と進化
- リモートワーク・フレックスタイムなど柔軟な働き方の導入
- 付加価値型サービス(経営支援・コンサルティング)の立ち上げ
- 生成AIを活用した顧問先への新サービス提供で、職員のやりがいと事務所の収益を同時に向上させる
このロードマップの特徴は、「テクノロジーの導入」と「マネジメントの改善」を並行して進める点にあります。どちらか一方だけでは、持続的な離職率の改善は実現しません。
事務所の差別化戦略と組み合わせることで、より効果的な改善が可能です。会計事務所の差別化戦略もぜひ参考にしてください。

まとめ|離職率の改善は「事務所経営の最優先課題」

この記事のポイントを整理します。
- 税理士事務所の離職率は全産業平均を上回る約17%。繁忙期の長時間労働、給与の不透明さ、教育体制の不備が主要な原因
- 離職率の改善には「制度」と「テクノロジー」の両輪が必要。評価制度の透明化・試験支援制度の整備と、AIやクラウドツールによる業務負担の軽減を並行して進める
- テクノロジーの導入は「定着」と「採用」の両方に効く。定型業務のAI化で繁忙期の残業を削減し、職員が付加価値の高い業務に集中できる環境を作ることが、事務所の持続的な成長につながる
離職率の改善は、数ヶ月で劇的に変わるものではありません。しかし、「繁忙期は仕方ない」「うちの業界はそういうものだ」と諦めている事務所と、一つひとつ改善に取り組む事務所では、3年後に圧倒的な差がつきます。
まずは、職員の声を聞くこと。そして、業務負担を軽減するためのテクノロジー導入を検討すること。この2つから始めてみてください。

杉田 海地(Kaichi Sugita)
株式会社Saix 代表取締役社長
公認会計士・税理士向けAI活用支援の専門家。THE CXO様をはじめ、延べ130名以上の会計士・税理士にAI研修を実施。受講者の業務時間を平均45%削減し、満足度4.57/5.00を記録。月次報告書作成の75%短縮、記帳代行業務の1/10化など、士業の現場で実証済みの成果を持つ。元リクルート出身。YouTube「かいちのAI大学」登録者4.4万人超。






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